【小説】異世界ハーレムに憧れて #.2
聞き慣れない単語が飛び出て、思わず首を傾げる。
「転生の巫女?」
「はい。私たち転生巫女の血族は、次元の異なる世界から勇者の候補となる人物を転生させる能力を持ちます。ユウキ様は私たち転生巫女の血族により召喚されたのです」
要するに、やはりここは異世界で、この少女の説明によれば、世界には俺以外にも転生人ーーいわゆる異世界人はいる、ということだろうか。
「勇者候補ということは、この世界には、魔王というか、討伐すべき対象がいる、ということか?」
「話が早くて助かります! 私たちの世界には定期的に迷宮が生まれるのです」
リリーがにこやかに説明してくる。うん、やはり女の子は笑顔が可愛い。彼女の笑顔は格別に見えた。恋してしまいそうだ。
「迷宮が生まれる、というのは?」
「古来より、迷宮は魔物であるとされています。迷宮を生み出すのは空気中に溢れる魔力が集結するからだと考えられているのです」
「ふむ。しかし、では迷宮とは半ば自然現象ではないのか? 俺のような一般人を転生させてまでどうこうする必要があるのか?」
「はい。転生巫女によって召喚された勇者候補は、私たちの世界の常識を覆す能力を手にすることになります。この能力は迷宮の攻略に欠かせないとされています。それと、迷宮の最奥に巣食う魔物はとても強力で、放置すると迷宮の外にまで影響を及ぼす魔力を持っているのです」
わかってきた。この世界には魔法的な何かがあり、空気中にもこの魔力とやらは存在しており、これが一定量を超えるか、濃度が高くなると迷宮が生まれる、と。更に、この迷宮のボスを討伐しないと、迷宮の外に魔物を排出するのか、外にいる魔物をパワーアップさせたりする、ということだろう。
「話はわかった。だが、君たちにはわかってると思うが、俺には勇者の自覚なんてないぞ?」
「それは承知しています。まずはこちらへ」
リリーはうなずきながら、心細い藁葺き屋根の家屋の中へ入るよう促した。仕方がない、と俺は肩をすくめて案内されるままに屋内へ。
「勇者候補と言っても、基本的には私たちのようなこの世界の住人と大きな差があるわけではなく、次元の渡航をしたことに起因する能力の覚醒はありません。ただし……」
リリーは見た目の可愛さとは裏腹に難しい説明をすると、おもむろにたわわな胸元にそのか細い手を滑り込ませる。実に官能的だ。もっとやれ。
それはさておき、彼女がそこから取り出したのは、怪しげに輝く紫紺の宝玉だった。大きさはビー玉より少し大きい程度だろうか。
「それは?」
「この宝玉は転生巫女の血族が代々護ってきたものです。ブラディブル・オーブと呼ばれています。この宝玉はこの世界に住む者には反応しませんが、ユウキ様のように異次元からの転生者が手にすると……」
そう言って、リリーは俺にブラディブル・オーブを手渡す。何だかな、と俺が意味もわからずに受け取ってみると、目が眩んで平衡感覚を失い、無重力感が襲ってくる。
「う……っ」
思わずよろけてしまう。何だこれは、気持ち悪い。ブラディブル・オーブとやらの影響なのかはわからないが、痛いのも苦しいのもお断りなんだがな……。
意識が戻ってくるような感覚がやってくる。一呼吸置いて、目の前にいたリリーに文句を言ってやろうと彼女を見遣って、驚いた。
「おわかりになりましたか? ブラディブル・オーブはユウキ様が手にすることにより、初めて効力を発揮するのです」
リリーの脇に、ウインドウのようなものが浮かんでいる。……いや、彼女の口ぶりからも、恐らくこのウインドウは俺にしか見えていない?
『リリー 19歳 女 転生巫女Lv.14』
「リリー……俺より年上だったの?」
「昔から年齢より幼く見られるんです。でも、やっぱり能力はきちんと発現しているようですね」
いや、リリーのスリーサイズが出てないんだが。転生巫女のレベルとか見れても、相場のわからない俺には意味がないのではないか?
(最終更新日:2019.10.15)
【小説】異世界ハーレムに憧れて #.1
あれ? 俺は昨日ゲームをしていたはずだ。そのあと……そのあと? そのあとどうしたんだっけ? 寝転んでいた場所から辺りを見渡してみると、どうやら自分が牧草らしい草の上に横になっていたとわかった。周囲は薄暗く、まだ夜が明けきっていないようだ。
体を起こしてみる。俺は農家の息子ではないし、自分の部屋で牧草をベッドにしてみる趣味があるわけでもない。
ーー異世界転生か。
昨今の日本人はホイホイ異世界転生するよな。その異世界で同窓生に会ってもおかしくないような頻度だと思うんだが、まだそうだと決まったわけでもないので一旦落ち着いてみよう。夢遊病を発症して、寝ている間にこんなところまで来てしまっただけかもしれないし、もしかしたら拉致されてここに拘置されているのかもしれない。そうじゃないことを確かめてから、異世界転生の可能性にドキドキしても遅くはないじゃないか。
俺はゆっくりと起き上がり、黒いジャージにへばりついた牧草を軽く払って周囲を見渡してみると、何かの息遣いが感じられた。状況から見れば牛か馬か、家畜の類いであろうが、恐る恐る音の主に近づいてみる。
「……何だ、やっぱり馬か」
何の変哲もない馬だ。とはいえ、俺は馬をテレビや本でしか見たことがないので、変哲がないかどうかはよくわからないが、まぁ俺の知る馬と違いはないように見えた。俺が手を差し出すと馬が頭を垂れるので、ひとしきり撫でてみる。
うん、と俺は薄明るくなり始めている屋内で軽くけのびをしてみて、そぉっと扉を開いてみる。
一面の草原に見渡す限りの地平線が眼前に広がった。地平線を形作る山脈の隙間からは太陽が昇ろうとしている。ちょこちょこと藁葺き屋根っぽい家屋があるが、今どき日本で藁葺き屋根ってあり得るのか? それよりもこの景色、この景観が、体に当たる風や空気の味が、ここが日本などでないことを俺に教えてくるようで、俺の鼓動が加速していくのを感じる。
異世界かどうかはまだ確定できるレベルじゃないが、これでここが少なくとも俺の知っている場所じゃないことがわかった。
「あそこに、人がいるかもしれないな」
太陽が昇ってきて、だいぶ明るくなってきた。改めて見回してみて、俺が今いたのは、やはり厩舎だったようだとわかる。
とりあえず、とにかく人に会いたい。そうすれば、ここがどこなのかもわかるはずだ。
そんなことを考えながら、拉致された可能性は低いだろうな、と思っていた。俺をどうするつもりだったのかは知らないが、拉致っておいて自由に歩き回らせるのはおかしいからだ。
「何で俺が異世界転生……?」
半ば異世界転生の可能性が確信になりつつあった俺は、藁葺き屋根の家屋らしき建物の前にたどり着く。雑に切られた……というよりは割られたように歪な木材を壁と屋根の基盤にして、藁を被せて雨を凌ぐ程度の、本当に簡素な家屋だ。これは俺が知っている異世界像と比べても、かなり低い文明なのかもしれない。扉を探して、叩いてみた。何が出てくるかわからないので、意味もなく身構えてみる。
ギシギシと音を立てながら扉が開くと、そこにはーー……。
「美少女……!」
「どちら様? 見ない顔ですけど」
俺は扉の前でキョトンとしている少女に、思わずつぶやいていた。淡い栗毛色のセミロング、そのやや長めな前髪からは柔らかな碧眼が覗いている。俺よりもだいぶ背が小さいように見えるが、それとは不釣り合いに大きく豊かに実った胸が俺の目を惹き付けて離さない。簡易的な布切れを繋いで作られたような質素な服を着ているせいか、余計に素材の良さが引き立っていた。
「あの……?」
「えっ? あ、ああ、ごめんごめん! 俺は結城 智史。気がついたらあそこの厩舎で寝てたんだけど……ここはどこ?」
「ああ、あなたが転生者の方だったんですね。私はリリー。転生の巫女を務めています」
続き:【小説】異世界ハーレムに憧れて #.2 - ノベル部!
(最終更新日:2019年10月18日)
【SS】夜の公園で最後のキスを。
──まず断っておかねばならない。
ボクは夜が好きで、逆説的に言わせてもらえば昼間(つまり日の出ている時間のことだ)が嫌いだ。
そして、今回の話ではある意味最も重要なのだが、ボクには好きな女の子がいるのだ。ただし今説明したように、ボクは昼間が嫌いで、いつも彼女には予定を合わせてもらっている。
「そろそろ……時間だな」
築三十年そこそこを思わせるマンションのベランダから階下を覗けばある、ここはそんな公園だった。
「ごめんなさい、待った?」
「ううん、今来たところさ。ボクのほうこそ、いつもこんな時間でごめんよ」
やむなくして心待ちにした彼女の姿を認め、ボクは頭を掻いた。
「今日は大切な話があるんだ」
公園の隅にある小さなベンチに二人して腰掛けると、ボクはそう切り出した。まるでこれから愛の告白でもするように。
「知ってる。こないだ会った時に聞いたものね」
くすぐったくなるような笑みをこぼし、彼女は自慢のロングヘアを払う。闇夜に紛れるような黒髪が美しくて、ボクは思わず見とれていた。
「それで、どんな話なの?」
「ああ、うん」
彼女に声を掛けられてハッと我に返る。これでも覚悟を決めてきたはずなのに、いざ彼女に相対するとそれを言い出したくなくなってしまう。
少し腰が痛くなってきたので、ベンチの背にもたれて空を仰いだ。
「今日も月が綺麗だね」
「そうね」
「あの日も今日と同じ、満月だった」
ボクがそれを口にした瞬間、彼女の表情がこわばる。
「今日は、君に別れを言いに来たんだ」
言いたくはなかった。ずっと彼女と一緒にいたかった。しかしそれは叶わないのだ。
「そう……もうここに思い残したことはないのね?」
「思い残したことはあるさ。こうして君に別れを告げねばならなくなった。それだけでボクは悔やんでも悔やみきれない」
ボクは夜が好きだ。怒りも哀しみも、妬みも悔やみも、この闇夜が溶かしてくれるから。
「あの日、ボクが『会おう』と言わなければ、今日の苦しみはなかったのにね」
「違う、いいの! 私、今日までずっと考えてきた。二人が幸せな人生を歩むなら、今あなたが言ったように……ここでお別れをしなきゃならないんだろうな、って」
そうしなければならなくなったのは、あの日のことが原因なのに?
艶やかな、月光のように白い彼女の頬に涙が伝った。しかしその顔は必死に作られた笑顔で、ボクは胸が張り裂けそうになる。最後まで、君に幸せを届けられなかったのか、と。
「最後に、一つだけお願いがあるの」
「何だい?」
「キスして」
ボクは耳を疑ったさ。ずっと片思いだと思っていた彼女から、キスの要求があるなど、誰が思うだろうか。
「いいの、かい?」
「最後だもの。私はここであなたと決別するけど、あなたには安らかに眠ってほしいから」
彼女の言葉に、ボクはふと引っ掛かりをおぼえる。
「……今、何て?」
「だから、私は最後にあなたとキスをしてここを去る。それであなたは、その……成仏をするのでしょう?」
ボクは彼女の瞳を見つめたまま、固まった。
「ボクが……成仏?」
「そうよ。あの日、ここのマンションの最上階に住んでいたあなたは、不幸にも転落死してしまった。それから毎日のようにここへ通ったわ。それで今日、あなたが眠りにつくと言い出して、私も決心がついたの」
「君は……何を言っているんだい?」
どうやら重大な行き違いがあるらしいと、ボクは痛む腰を我慢して立ち上がった。
「違うんだ、成仏するのはボクじゃない──君のほうなんだよ」
「……え?」
まるで重大性をわかっていない、きょとんとした彼女は、あの日のままの澄んだ瞳をボクに向ける。
「あの日亡くなったのはボクじゃないんだ。この公園で、今日のように待っていたボクを訪れる為に、君はここへ走ったんだろう……トラックが飛び出してきたにも関わらず」
「そ、そんな! じゃあ私はあの日から年を取って……え、やだ、何でこんなに肌が、えっ!?」
「あの日から今日でちょうど三十年。ボクは今年で五十歳になるけど、君はあの日の……二十歳のままなんだ」
ボクはようやく言った。三十年間、いつ言おうかと思案しながらもとうとう今日まで引きずってしまった。
大好きだった彼女が亡くなってからも三十年間、毎日のようにここで待った。──あの日ここにたどり着けなかった彼女が、訪れてくれたから。
「……何だ、そうだったんだ」
彼女は少し残念そうに、しかしそれ以上に安心した様子で、半ば笑ったような表情で息を吐いた。
「私だったら、いつでもよかった。こんなに引きずらずに、成仏できたのに」
「いいんだ。ボクが君に会いたかったんだから」
「私、あなたの三十年を無駄にしちゃったわ。こんなことなら、もっとあなたに人生を謳歌してもらいたかった」
心底悔しそうに、彼女はうつむく。ぽたりと、一滴が地面に落ちた。
「いいんだ。君と過ごした三十年は、ボクにとって何ものにもかかわらず代え難い三十年だった」
「ありが、と……」
「ボクからも最後のお願いがあるんだ。聞いてくれないか?」
「いいわ。最後だもの。何かしてあげたいわ」
ボクからの願い。三十年──いや、それ以上彼女を想い続けたボクの、最後の願いは。
「キスしてくれないか」
瞬間、ふんわりとボクの体に彼女の体が合わさる。
「大好き」
そっと、口づけ。
幽霊だからなのか、彼女の体にはやはり重みがなかった。腰痛持ちのボクが何も感じないのだから、実体ではないのだ。
それでもボクは彼女との最初で最後のキスを、確かに味わった。彼女の最後の言葉とともに。
「……さようなら、愛しの君。ボクの心の中に、永遠に」
もう少し、ここにいてもいいか。ボクは感慨深い気持ちで、もう一度ベンチに腰掛ける。
彼女の消え去った公園には、少し冷え始めた闇夜と中年男だけが残されていた──……。
(最終更新日:2019.10.11)
この作品は私来栖あさひが2011年10月20日に小説投稿サイト小説家になろうに投稿した作品を転載し、一部修正を加えたものです。